東西南北見ブ録

にゅーすもすなるブログといふものを、我もしてみむとてするなる。

Walk the Green Mile 〜1幕〜

舞台『グリーンマイル』を観劇しました。

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もうしつこいくらい話していますが、今回もお話しするのは演出についてです。

これまで、コンサート演出、ドラマ演出と話してきたけれど。

舞台の演出も凄いから!!笑

いやぁ、まず友人名義で2日目(10/1)公演、自名義で6日目(10/5)公演と入らせていただいて。

舞台化が決まるまで、グリーンマイルについての知識は全くなかったので、初見は何も予習せず観劇しました。そして、2回目までに原作・映画をチェック。4日間でよくもまぁこなせたもんだ、と自分でもビックリですね。笑

そうは言ってもやっぱり付け焼き刃の知識では、見終わった後に疑問ばかりが浮かんできて。

前半の公演しか観劇できていないこともあり、どうにか東京千秋楽あたりにもう一度観たいなぁ、と思っていました。

しかし当日券にチャレンジしてもなかなか繋がらず。もうダメだ、と諦めていたのですが、ご縁があって10/21公演にも入らせていただけました( ;∀;)

3回観劇できて良かったなぁと思うのは、演技・演出をかなり覚えられたというのはもちろん、1階、2階、3階それぞれから観ることができたのが大きかったと思います。

舞台は、映画やドラマとは違って、場所によって観え方が変わる。内容によるけれど、観え方が違えば感じ方や気付きが違う。

あとでまた触れますが、今回の『グリーンマイル』は照明演出が特に優れていたので、2階以上で観ることができて本当に良かったなぁと思います。

とまぁ、前置きはこのくらいにして、さっさと内容について書きますか…。

ここから先は、舞台の内容はもちろん、原作・映画についてもガンガンネタバレしますので、回避されたい方は読まないようにお願いします!m(_ _)m

映画や原作との演出の違いについて考察していきますが、言葉足らずな部分もありますので、グリーンマイルというストーリーの流れを知っている状態でこのレポに進んでもらった方が、理解しやすいかと思います…。

(映画のあらすじのサイトリンクを貼っておきます→ http://www.fureai.or.jp/~takuo/fukawajiken/essay08.htm )

 

 また、かなり深読みをしていますが、あくまで私個人の考察ですのでご理解お願いします。

 

ちなみに、タイトルの「Walk the Green Mile」は映画DVDの特典映像のタイトルからお借りしました。映画のメイキング映像が収録されていて、とても興味深い内容がてんこ盛りでしたので、興味のある方は是非!!(謎の宣伝)

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  •  構成について

スティーヴン・キング原作、トム・ハンクス主演で映画化もされた名作「グリーンマイル」の、世界初となる舞台化。舞台は、映画や原作に比べて時間・空間・ストーリー展開に制限がかかるため、舞台独自の構成工夫がなされています。

キャストを多くは使えない舞台版では、ジャニス(ポールの妻)や、ポールがグリーンマイルで起きた出来事を語るきっかけとなったエレイン(ポールの友人)は出てきません。原作も映画も、彼女たちに(口語・文語で)語ることでストーリーを展開していましたが、舞台ではその部分を独白という形で表現している。この独白は、ストーリー展開の他に、時間変化の役割・観客の視点を固定させる役割を持っていると、私は思います。映画ではシーンを変えることで表していた時間の変化を、劇中に独白を挟むことで表す。映像の大半に映る・アップが多いことなどで出来る主人公の特定を、ストーリーテラーのような立ち位置で独白させることで観客に理解させる。この独白のおかげで、私たちはポールを主人公として認識し、ともに物語に入り込むことができるのです。

また、原作でも映画でも、死刑執行のシーンでは立会人(主に被害者の遺族)がいましたが、舞台ではその存在について触れられることはありませんでした。f:id:hatimituorange04:20171129175018j:image

この立会人の存在が、原作・映画でのポールたち看守のやりきれなさに繋がるのですが、なぜ舞台ではその存在が明示されなかったのか?それは、私たち観客が物語の見届け人であるとともに、死刑執行の立会人であったからだと思います。

映画の監督であるフランク・ダラボンや主演を務めたトム・ハンクス、その他のキャストが皆、この作品について「ただ見るだけでなく話に引き込まれ、観客一人一人が作品の一部になる」「この作品のテーマを、皆さんが自分自身で判断してくれるのを楽しみにしています」(DVD特典より)と語ったように、舞台版のグリーンマイルにも決められた正解はなく、だからこそ舞台版主演の加藤さんも「内容についての質問には答えない」(シゲ部2017年11月26日より)と発言されたのだと思います。「見届けて欲しい」って公演前にもおっしゃってましたしね。

そういった点では、私たち観客は、ポールと共に考えるジャニス、ポールの話を聞くエレイン、そして死刑執行に立ち会う立会人、それぞれを演じるキャストだったと言えるのかもしれませんね。

 

  • コーフィーについて

グリーンマイルを語る上で欠かせないコーフィーの存在。舞台化をする上で、なぜ元大関把瑠都さんをキャスティングしたのか?「大きな存在感と優しい人柄」が抜擢理由とされていましたが(ビビットより)、私にはその他にも大きな意味があるように思えてなりません。それは、把瑠都さんが外国人であること。原作や映画では繰り返し「コーフィーは黒人だから」というセリフが出てきます。「黒人だから仕方ない」「白人が殺されたのに、なぜ犯人の黒人を殺さないのか」…。映画でコーフィーを演じたマイケル・ダンカンが、「リアリティーがあって1番辛かった」と語った(DVD特典より)のは、大勢の白人に銃を向けられるシーンでした。黒人だから、という理由だけで犯人、しかも死刑判決を受けるべき殺人犯と決めつけられてしまうのは、日本では考えられないことのように感じますが、この時代のアメリカではこれが普通だったのです。そこまでこだわった設定だというのに、なぜ舞台では把瑠都さんなのか。把瑠都さんは黒人ではありませんよね?…確かに把瑠都さんは黒人ではありませんが、私たち日本人にとっては外国人、つまり違う人種なのです。黒白人に関係なく、外国人に対して日本人が少なからず差別意識があるからこそ、把瑠都さん演じるコーフィーが「冤罪であること」が強調されるのだと感じました。

 

  • 照明演出について

さて、そろそろストーリーに進みましょう。始めに話した通り、今回の舞台「グリーンマイル」は、何と言っても照明がすっばらしい!!初見で2階席だった私は思わず泣きましたね、照明演出が良すぎて。ここではストーリーに沿って話していきたいと思います。

開演時間が近付くにつれ、場内のざわめきがスッと収まっていきます。舞台特有の緊張感に加え、今回は重いテーマを題材にしているため、会場自体が真剣な空気感に変わっていきます。

一瞬、無の空間が広がったと思ったら、 突然、ピンスポットの中に加藤さんが現れて、独白が始まります。

えっ、あなたいつ出てきたの!?って思いましたね。3回観ても結局分からなかった。笑

『1932年、秋!』というセリフがキッカケとなって、物語が始まります。

明転とともに、コールド・マウンテン刑務所の様子が描き出される。職務机で作業するポールとブルータス。独房の中でベッドに腰掛けるデラクロア。

っちょ、待って!?なんじゃその独房の照明は!? 

声が出せる状況だったら、まず間違いなくこう叫んでいたと思います。(実際は息を飲むことで堪えましたが)

二つ並んだベッドの周りが、等間隔にで区切られているのです。まさにの檻。…天才か。もう一度言う、天才か!

実際の檻をセットで用意してしまうと、キャストの動きや表情は制限されてしまう。かと言って檻がなければ話が通じない。→→→じゃあで表現しようぜ!って、どういう思考回路なわけ!?(褒めてる)

ほぉほぉよく考えたのぉ…、と感心しながら観ていれば、キャストは1mmもその枠を越えていないんですよ!凄すぎる!!鍵をかけたり、檻を叩いたり。ウォートンに至っては、パーシーを檻越しにむんずと捕まえてからかうじゃないですか。普通だったら、物的障害のないこの状態で、簡単に越えてしまうはずなんですよ。なのに越えない。プロですね。凄い、凄すぎる…。

その状況をより分かりやすくするために、施錠のSE(効果音)まで付けてある。キャスト、演出部、技術部、みんなのチームワークがあってこその演出で。天才か!としか言えなくなるじゃないですか…。

さて、流れに戻ります。

「死人だ!死人が通るぞ!」と叫ぶパーシーが、コーフィーを連れて来ます。(パーシーって本当にいやな奴!)

『話せるか?』「はい、ボス」『名前は何だ』「ジョン・コーフィーです。飲み物のコーヒーに似ていますが、綴りは違います」

そんな会話を済ませ、またポールの独白へ。コーフィーがコールド・マウンテンに来ることとなった経緯が語られます。

捜査官マッギーたちが犬を連れ、拐われた少女たちを捜す…。

ここでも照明演出が活躍します。草原を表す緑の照明サークルの縁を、二人の捜査官が走り回る。「やがて川へたどり着いた」シーンでは、青を基調とした照明を使用。場所を変えられない舞台ならではの照明演出がとても印象に残りました。

これらの照明演出は、1階席からはなかなか見ることが難しいですよね。私もはじめは、何でだろう、もったいないなぁ〜と思っていましたが、ふと、こんなことを思いました。グリーンマイルは、人の理解を超越した力をテーマにしたキリスト教のお話。1階はヒトの視点、2階以上は神の視点。分からない、完全ではないからこそ、人間らしい位置なのではないのかな、と。演出チームがそこまで意識していたとは思いませんが、こう考えることで、また世界観が深まるのかなぁ、と思います。

 

余談ですが、このコーフィーを捕えるシーン、原作・映画・舞台でそれぞれ異なる表現をされていますよね。

まず原作では、重要なポイントが3点挙げられています。

・コーフィーがお弁当を持っていたこと(ソーセージは入っていない)

・拐われた少女たちの家では番犬を飼っていて、その犬はソーセージを食べている隙に首を捻られて殺されたと考えられること

・保安官の犬たちが川で二手に分かれたこと

これらがコーフィーの無実を証明する最大の手がかりとなります。、コーフィーのお弁当にソーセージが入っていないことで犯人はコーフィーだと考えられた。しかし、ポールが調べたところ、コーフィーは靴紐すら結ぶことができず、お弁当を包み直すことができたとは思われない。犬が二手に分かれたのは、片方がコーフィー、片方が真犯人であるウォートンを追っていたから…。と、真相にたどり着きます。トリックが全て明確に回収されるのは、読者が推理しながら読み進めていく小説ならではだと言えますね。

次に、映画では、犬のシーンもソーセージのくだりもありません。ウォートンが少女たちを拐っていくシーンを差し込むことで、映像から推察させる方法で上手く観客を真理へと導いていくのです。

そして、舞台。舞台は文字やテロップを追うことはできませんから、視覚・聴覚から得た情報を自分で組み合わせて考えなければいけません。1番トリックの理解が難しいと言えるでしょう。このシーンでコーフィーの持ち物にお弁当があることに触れていたのに、残念ながら、最後までその伏線を回収することはありませんでした。トリックの理解が難しいからこそ重要になってくる場面だったので、本当にもったいなかったなぁ、と思います。(私の記憶上では触れていなかったので。もし触れていたらすみません)

 

  • 音響

この舞台では、シーンの転換にオールディーズな音楽が使われていました。暗いイメージのある刑務所でこんなにポップな音楽が流れて、ちょっとした違和感を感じます。これは「刑務所内で時々つけるラジオ」から流れる音楽のようです。「刑務所のような非日常の空間にも、日常が存在すること」(DVD特典より)を象徴し、看守たちや死刑囚の生活にリアリティーを持たせる役割を果たしています。

グリーンマイルの音楽といえば、映画の挿入歌であるcheek to cheek が有名ですね。この曲は、処刑前夜にコーフィーが活動写真(映画)を観たいと願ったため看守たちが観せた「top hat」の劇中歌です。I'm in Heaven というフレーズが特徴的ですが、処刑前夜に天国を歌う映画を見せるって、ちょっと残酷な優しさですよね。映画版では、この曲をきっかけにポールの懐古が始まるため、とても重要な曲だといえます。(cheek to cheek/top hatより https://m.youtube.com/watch?v=WOYzFKizikU )

 

  • ミスター・ジングルス

 「ミスター・ジングルス。サーカスのネズミ。マウスビルに住む…」

 デラクロアの相棒で、コールド・マウンテンに笑いを届けてくれる唯一の存在のミスター・ジングルス。「牢獄の絶望的で異常な環境にも幸せが訪れることの象徴」(映画監督フランク・ダラボン談)。

映画では本物のネズミをダースで用意し、その中で1番いい演技をする子を使って撮影したそう。時間をかけて撮影できる映画だからこそのこだわりですね。

舞台では本物を使うことはできないけれど、その代わりに滑車やステージの枠・壁・天井をフル活用して、ミスター・ジングルスがコールド・マウンテン中を走り回っているように見せる、遊び心のある演出を作り上げていました。

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 ミスター・ジングルスが糸巻きを追いかける時、看守たちがエールをおくるのですが、その時の加藤さんが優しい声で可愛くて大好きでした。移動が間に合わなくて、ミスタージングルスを跨ぐためにジャンプしたりもしてました。笑

 

ここでチェックしておきたいのが、今回の舞台フライヤー、ポスター、そしてパンフレット。これら全てで、加藤さん演じるコーフィーがを手にしている写真が使われています。

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この手の中でを放っているのは、コーフィーの治癒能力、並びに生命の象徴でもあるミスター・ジングルスなのだと、私は思います。

この写真、実は映画のポスターのコーフィーと同じポーズなのです。(よくよく見れば衣装も同じ!)

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コーフィーが抱えることで力(癒す者)を表していた映画に対し、舞台版でポールが抱えたのはなぜか?私は、ポールがコーフィーとの触れ合いによって命の重さを理解したことを表しているのかな、と思います。後でまた触れますが、舞台版はラストシーンが原作・映画とは大きく異なります。どちらかというと、舞台ではミスター・ジングルスの存在はそこまで重要視されません。もし舞台でも原作のようなラストだったら、コーフィーの力(命)を受け取ったことやコーフィーの抱える痛みを理解したことなど、この構図の持つ意味は増えたでしょう。しかし、今回の舞台版から考えられるのは、シンプルに「命の重さ」だと思います。

 

  • ウォートン

ミスター・ジングルスがもたらしたつかの間の幸せの後は、問題児・ウォートンの登場です。薬で大人しくさせられたフリをして、隙をついて看守に襲いかかるなんて卑怯だぞ!シゲのシゲまで触って!!😡

「ヘイ、ボーイズ!パーティーの始まりだぁ!」

と第一声で宣言した通り、彼は刑務所ライフを楽しみます。お気に入りのパーシーを虐めたり…。

そんな彼の極め付きは、デラクロアの処刑後のこと。

「焼けった〜、焼けった〜、バーベキュー。キミとボクとでバーベキュー。こんがりぃ、焼けたデラクロア!」

「焼けた〜焼けた〜デラク〜ロア〜。頭のぉスポンジはぁカラ〜カラ〜」

『ウォートン!』

と、不謹慎な歌(上記はニュアンスです)を歌いポールに怒られます。 この時、彼はなんと舞踏会さながらのステップを踏んで踊ったり、ポールに怒られた後は膝でお辞儀をしたりと、ウォートンの中ではパーティーが続けられているのが分かります。

見ていて胸がムカつく演技をしていた鍛治さんはつくづく凄い役者さんだなぁ、と感じました。

 

  • コーフィーの力

 さぁ、やっとこの話の核であるコーフィーまで辿り着きましたね。ご存知の通り、コーフィーは人を癒す力を持っています。こののおかげで、ポールは持病である尿路感染症から解放されるのです。(ウォートンの騒動のせいで襲われた激痛に悶える加藤さんは最高でしたがw)

ここでも原作・映画との表現の違いが!

原作には「蚋(ブヨ)か蚊のようなものがコーフィーの口から吐き出された」との表記があり、映画でもそれを忠実に再現しています(CGとはいえショッキングなシーンでしたが)。その吐き出された「悪いもの」は、飛び回っているうちに白っぽく変色して消えてなくなります。さらに映画では、コーフィーの力が発動されるとコールド・マウンテン中に何らかのパワーが伝わるようで、電球が光を増し、その強さに耐えきれず割れてしまったりします。

それに対して舞台では、カラスのような黒い影がステージを覆い尽くします。また、悪いものが浄化される際には闇が晴れるように明転します。プロジェクターを使った、新しい照明演出が素晴らしく、とても感動しました。

 

  • The happens on the Mile stays on the Mile

これはウォートンに脅かされて漏らしてしまったパーシーが「他言するな!」と詰め寄った際に、看守の1人であるディーンが言ったセリフです。「グリーンマイルで起きたことは、外には漏れない」。コーフィーが無実であることも、ウォートンが真犯人であることも、コーフィーの力、デラクロアの処刑、ウォートンの死の真相も…。グリーンマイルで起こった、私たちが目にしたことは、どんなことも外部に漏れることはないのです。何気なく使われていましたが、無力さを感じずにはいられないセリフでした。

 

いよいよデラクロアの処刑が迫ります。「ミスター・ジングルスをマウス・ビルに連れて行く」約束を交わした看守とデラクロアは、オールド・スパーキー(電気椅子)までの長い廊下を歩きます。ここで、またしても照明の出番です。デラクロア、ポール、パーシー、ブルータス、ディーンが隊列を組むと、緑色の通路〈グリーンマイル〉がステージ上に映し出されます。ゆっくりとその道を進み、ライトの端に行き着くと、そこからまた新たな通路が照らし出され、グリーンマイルは続いていく。この間に、暗転部分に電気椅子がセットされるという、狭いステージを効率よく使った演出がなされています。

このグリーンマイルを進んだ先で待ち受けるオールド・スパーキーによって、デラクロアは悲惨な死を遂げます。

 

 

ここまでで1幕が終わり、15分間の休憩に入ります。後味は悪いのに妙に落ち着くというか、何とも複雑な心境のまま休憩時間を過ごしましたね。

 

…ちょっとここまでで十分長くなってしまったので、2幕からは次の記事に分けさせていただきますね(>人<;)

よろしければお付き合いいただけると嬉しいです…。

 

では!次の記事にて!👋