東西南北見ブ録

誰だってスーパーヒーロー

今日の夕飯、何にしようか。

「今日の夕飯、何にしようか。」

電車の中で、隣に座った老人が奥さんに話しかけた。

杖をついたおばあちゃんと、それに寄り添うおじいちゃん。

「そうだねぇ、帰る前にヨーカドーに寄ろう」

なんとも平和な会話だった。

隣には肩を強張らせて、泣くまいと堪える19歳の大学生が座っているのに。

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戸惑い、不安、怒り、呆れ、心配、強がり、泣き言。将来の夢、目標。彼らへの想い。これまでのこと。これからのこと。思ったこと、全て。誰のためでもない、自分のための対話、記録。

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15時45分。学校を出た。隣には友人が1人。学バスを降りて、電車に乗り換える。他愛もない、普通の会話。さっきまでの授業の話、サークルの話、昨日終わったドラマ撮影の話。明日までの脚本課題の話。

お腹が空いた、ケーキが食べたい。

ケーキ屋さんでバイトをしていた彼女と、カメラロールに残るケーキ写真の見せ合いっこ。

私のカメラロールの中には、グリーンマイルの時に食べたケーキ、テゴちゃんの誕生日に食べたケーキ、お姉ちゃんの誕生日のケーキ、クリスマスケーキ、私の誕生日ケーキ、お母さんの誕生日ケーキ。イチゴ狩りに行った時のイチゴタルトに翌日のお父さんの誕生日ケーキ。お父さんがおじいちゃんのお見舞い帰りに買ってきたケーキ。慶ちゃんの誕生日のケーキ。

この10ヶ月間で、沢山のケーキを食べていた。

ケーキ食べすぎ、なんて笑いながら、友達の視線が気になった。…いつもこんな、目を見て話す子だったっけ?

乗り換える駅に着き、友達と別れた。いつもはもう一つ先の乗り換えまで一緒なのに、今日は違う駅に行くんだって。

へぇー、なんて思いながら、ケータイを開いた。

 

信じたくなかった。またガセかな?って思った。でも、みんながその話をしていた。

everyの動画が回ってきた。さすがに動画は見られないと思って、飛ばしてスクロールした。

辛い。信じたくない。待ってるよ。もっと考えて行動して。

TL上に溢れる、マイナスな言葉、プラスな言葉。どれも言いたいことは分かるけど、一言も入ってこない。共感できない。何も思わない。一旦画面を落とす。

 

…あぁそうか、あの目。あの子は、これを知ってたのかな。気を遣って、他愛もない話をしてたのかな。気を遣って、電車も変えたのかな。

 

ふと、そんなことを思った。

ありがとうとも、嫌だなとも思わなかった。ただただ、ほっといて欲しかった。1人になりたかった。

泣くのをこらえて、ホームにきた電車に乗った。空いていた席に座る。

呆然としながら、スマホのスリープをとく。

「…どうぞ、座ってください」

隣に座っていた高校生が席を譲った。

見れば、杖をついたおばあさんと、それを支えるおじいさん。

「…どうぞ」

反射的に立ち上がり、おじいさんに席を勧める。

「いやいや、俺はいいから」

「や、2人で座った方が」

「大丈夫だから」

「いやどうぞ」

「そんな仲良くないからw。大丈夫」

そんなやりとりを繰り返して、結局私は席に戻った。これ以上、何も話したくない。

「この人が座れたらいいから」

おじいさんの言葉に頷きながら、またスマホを開く。さっきよりコメントの増えたツイッター。everyは当面出演しない。活動自粛。ドラマとテーマソングに変更なし。増田さんの作った衣装の話。てごちゃんは今頃ロシア。シゲは明日ビビットか。

バラバラな情報が一度に入ってくる。

大学の友達とつながっているリア垢に行き、声をかけないでほしい、ほっといてほしい、何もリアクションはいらないと書き込んで通知を切った。LINEの通知も。

…そうだ。最寄り降りたら神社に行こう。

最後の乗り換えを終えて、また席に座る。

絵馬とか書いてみようかな。何を書けばいいのかな。伝えたいこと、願いたいことを一生懸命考える。また4人で歌ってほしい。笑ってほしい。応援したい。

smileの歌詞が頭に浮かぶ。LPSの歌詞と混ざる。笑える日がくればいい。泣いたって笑ったって明日はくる。

急に、ブワっときた。リュックで顔を隠して目を閉じる。何か別のことを考えよう。明日までの脚本書かなきゃ。何書こう。ダメだ、何も思いつかない。

電車を降りて、一度トイレに行く。家まで我慢できなそうだった。

改札を出て、駐輪場で自転車に乗る。神社は家と反対方向。

神社の前で、自転車を降りる。そういえばこの神社、駐車場とかなかったな。鳥居の側に停めて、階段を上る。手が震えだした。手を洗って、境内へ。賽銭箱の前で財布を開く。44円。こんな時まで4にこだわって。ニ礼二拍手。両手を揃えてお願いをする。

どうか、どうか。

一礼して数段降りる。境内には人影なし。絵馬は買えなさそう。まぁいいや、どうせ声なんてかけられなかったし。

自転車に乗って家まで走る。広い家、細い道。憎たらしいほどに青い空。大好きな田舎道。6年間通った小学校の側を通りすぎる。数年前に店先で迷い猫を見つけた中華料理屋さんは潰れていた。今は普通に人が住んでるみたい。ご近所さんとすれ違って会釈。

ただいま、我が家。ハリネズミのぽんちゃんはウンチまみれで眠ってる。のんきだね、あんたは。抱き上げて小屋掃除。お昼寝を邪魔されて不機嫌そう。

「大丈夫だよね?」

ぽんちゃん相手に呟く。セラピーアニマルじゃないから、何も感じないんだろうけど。いつもより大人しく感じる。そのまま、しばらく撫でて。ご飯をあげて、お水をあげて。ぽんちゃんはまた、小屋に戻って寝始めた。

ツイッターを開く。正直今は見られないなって人をミュート。何人かのツイートを見てまた泣く。何かしてないとダメだ。洗濯機を回す。まだ5時半。大丈夫。

テレビをつける。everyはまだ見たくない。録画したドラマだ。警視庁捜査一課9係。いのっち。カット割りのこと、場面転換の撮り方。昨日までの撮影で気になったところを意識して見る。なるほどな。やっぱこうなってるんだ。

好きなことをして少し落ち着いた。everyも見てみよう。

たった数分。カット割りのことが頭に浮かんだ。あ、こんなに冷静に見れるんだ、私。たしかに複雑な気持ちのままだったけど。慶ちゃんのコメントを受けて、藤井さんのピンショット。慶ちゃんを映さないことで、everyの意見として、慶ちゃんのコメントとは差別化。頭を下げる時は2ショットで一員として迎え入れる。私の勝手な推察だけど。優しいねeveryは。慶ちゃんのコメントもうまかった。「しかし」を被せ気味に言うことで、そこの言質だけ切り取られないようにする。編集次第でなんともなっちゃうんだけど。少なくとも、素人によるネガティブな拡散は難しいと思う。テレビって怖いな。ここまで考えて動くんだ。

明日のビビットのことは考えたくない。どんな顔して、何を言うのか。どう扱われるのか。

テレビを消して、風呂を洗う。食器を洗う。洗濯物を干す。

明日の脚本課題、どうしよう。

学校なんて行きたくない。もうどうでもいい。でも投げ出したくはない。やめたくはない。負けたくはない。

書きたいものを書きなさい。テーマは自由。1時間のドラマを書くこと。

指定が何もないとうじうじ考えちゃうわけで。私は何が書きたいんだろう?

入学試験の面接を思い出す。

どうしてテレビマンになりたいと思ったのか?具体的には何がしたいのか?

私がなりたいのは脚本家・演出家。ドラマに携わりたいけど、最近はバラエティーもいいなって思ってる。

そう思ったきっかけは、やっぱりNEWSだった。

イッテQのてごちゃんが好き。走魂のかっこいいシゲが好き。チームワークの良さ。楽しそうな表情。各々が頑張っている番組。NEWSのおかげで、テレビに興味を持った。NEWSはいつも私の憧れだ。

テレビ業界がキラキラしたものじゃないなんて私が1番わかってる。誰かに言われなくても、そのくらいは自分でちゃんと判断できる。未来なんて何も分からないけど、それでも私はこの道に進むことを選んだ。

てごちゃんの担当しているサッカーアース不定期の番組だから、その時間帯を他の番組がやるときもある。私は去年まで、その他番組に関わらせてもらっていた。収録の合間に聞いた、サッカーアースの話。別スタジオで撮影していた様子も知ってる。今年、私の担当番組は改変でなくなった。サッカーアースに食われたともいう。悔しかったけど、誇らしかった。負けたくないって思った。頑張れって。そっちは負けるな、ずっと続けって。

BLUEが決まった。嬉しかった。今までの曲とは違う、努力を知ってるからこそ嬉しかった。これからだって。

今ツアーはN・Eときた。まだある、途切れないって思わせてくれたのが嬉しかった。W・S、期待していいんだって。

この15年、本当にいろいろあった。私の知ってる8年半もいろいろあった。ずっと怖さが付いていた。今はもう大丈夫だって。今回のツアーをみて思ったのに。

でもまだ信じたい。大丈夫だって。今までだって大丈夫だったんだから。人生最悪の日はもう経験したの。私の人生あれ以上最悪にはならないの。幸せの途中は不幸じゃないって、ずっと信じてる。幸せになるんだ。絶対。

脚本何書こう?ある程度は決まってた。キラキラした世界。でも現実はキラキラなんてしないって知ってしまった。ドロドロしてて、グチャグチャで。どんなに辛くても、世界は止まらず動き続ける。ハッピーエンドなんてあるのかな。ちゃんと、完結できるのかな。

それでも私はキラキラした世界を書きたい。ドロドロの中から、キラキラをすくい上げたい。キラキラをみて、幸せになりたい。幸せにしたい。ドラマくらい、ハッピーエンドを迎えたっていいじゃない。ハッピーエンドは自分で作る。

だから私はこの道に進んだ。ずっとずっと、私のキラキラはなくさない。自分で守る。いつかきっと、ハッピーエンドを迎えるんだ。

道は決まった、もう迷わない。負けたっていい、でも最後には絶対勝つんだ。

 

さて。

今日の夕飯、何にしようか。

Walk the Green Mile 〜2幕〜

舞台版グリーンマイル、2幕以降の考察レポです。

(1幕はこちら→ http://hatimituorange04.hatenablog.com/entry/2017/11/29/204209 )

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  • デラクロアの死

休憩を挟んで(舞台セットの転換を経て)再び動き始めたストーリー。ウォートンの不気味で不謹慎極まりない歌が聞こえ始め、独房のベッドですすり泣くコーフィー、歌うウォートン、そして執務机で項垂れるポールが照らし出されます。

1幕の記事でお話しした通り、今回の舞台では独房を照明で区切る演出をしていますが、ここで新たな照明演出が加わります。それは、独房の柵を表す格子模様です。興味深いことに、この格子模様はウォートンの独房にだけ映し出され、コーフィーは今までと同じ光の壁だけ。コーフィーが無実であることを強調しているかのように感じますね。

もう一つ注目していただきたいのは、電気椅子までの通路だったグリーンマイルがこのシーンでも照らし出されていたこと。グリーンマイル命の道でもあり、デラクロアの人生そのものを表していますが、コレの使い方がめちゃくちゃ上手い。

「彼は逝った。デラクロアは逝った」

というコーフィーのセリフで、このグリーンマイルは静かに消されます。原作でも触れられていた通り、デラクロアの魂がまだコールド・マウンテンに残っていたとするならば、彼が完全に旅立ったのは、コーフィーのこのセリフのタイミングだと分かります。

 

  • 脱走

さあ、話は進んで、コールド・マウンテンEブロックの所長ハルの奥さん(メリンダ)を救うため、ポールたち看守がコーフィーを外に連れ出すシーン。ウォートンをコーラに混ぜた薬で眠らせ、厄介者のパーシーはお仕置きを兼ねて懲罰房に閉じ込めるという練りこんだプランで決行されます。ウォートンにコーラを渡す際、わざと受け取れないように意地悪する時の加藤さんの笑顔は小山さんをイジる時のお顔でしたし、ディーンが考えたアリバイの設定に対して『洗濯…?』「仲良く…?」とブルータスと示し合わせて弄ったりしていて、とても楽しげでほっこりするシーンでした。

そして、外に出た一行は、用意されていたトラックに乗り込んでハルの家に向かいます。運転席に回ったブルータスに発車の合図を出す時のドアの叩き方が強めだったり、毛布のかけ方が雑だったりと、加藤シゲアキを随所に感じられました。笑

 

そんな移動シーンで唯一、コーフィーが興味を示したものがあります。カシオペア座です。カシオペア座は、北半球の大部分では地平線に沈む所が見られない星座です。これは神話によると、海に降りて休息することをポセイドンに許されていないからだそう。

コーフィーのセリフにも、「俺は疲れたんだ、ボス」「何も覚えていない。…覚えていなければ、夜眠れないこともない」とあり、ポールもまた、『お前が夜眠れずに泣いているのは知っている』と休まることのないコーフィーの様子に気付いています。これらから、休息を許されないカシオペア座人の痛みを常に感じ続けるコーフィーと重なります。

また、カシオペア座北極星を探すための目印として用いられることが多く、導きの星でもあります。エスは罪を引き受けることで人々を導きましたが、コーフィーもまた、人々の痛みを引き受けます。キリストの姿を重ね合わせる、なんともキリスト教のお話っぽい展開ですね。

このように、カシオペア座に焦点を当てることで、コーフィーの存在の暗示に繋がるのです。

 

  • 暗闇

コールド・マウンテンにやって来たコーフィーがまず最初に尋ねたのは、「寝る時、電気は付きますか…?」という質問でした。

「暗い所が少し怖いんです…」

そして、処刑の時も。

「お願いだ。マスクを被せないでくれ」

なぜここまでコーフィーは暗闇を怖がるのか?

その答えは、コーフィーの力によって目覚めたメリンダのセリフから読み取ることができます。

 「私、ずっと暗闇の中にいたの…。そして、私たちは暗闇のなかで会った…。あなたも私と同じように、暗闇の中にいた…」

 人々の痛みは暗闇の中に存在するようです。そして、他者の痛みを感じてしまうコーフィーもまた、暗闇の中にいる…。先ほどのカシオペア座のように、コーフィーが光となったおかげで人々は救われるのですが、コーフィー自身は光のない暗闇の中を歩いている状態なわけで。逃れることのできない暗闇の中にいるわけですから、怖がるのも当然ですよね。コーフィーの力は他者からしたら素晴らしいものですが、コーフィー本人からしたらとても辛いものなのだと分かります。

 

  • St.クリストフォロスのペンダント

 救ってくれたお礼に、とメリンダがコーフィーに贈った「旅人のお守り」であるペンダント。 クリストフォロスは “キリストの重み(痛み)を理解した” とされる人物です。

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ここでもキリストとコーフィーが重なりますね。 このペンダントは、コーフィーの処刑の際にポールへと渡されます。つまり、ポールはコーフィーの痛みを理解することとなった。ポール=クリストフォロスです。

 

映画では、コーフィーの処刑後ポールがこのペンダントをコーフィーにかけてあげます。しかし、舞台ではラストシーンまで持ち続ける。旅人はポールとなり、彼のグリーンマイルの旅は続いていくのです。

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パンフレットの写真の中でもポールが身につけていることから、このペンダントが重要な役割を果たしていることがわかると思います。 

 

  • ウォートンの死

さて、刑務所に戻った ポールたちは、何事もなかったかのように振る舞おうとしましたが…。コーフィーによる、パーシーとデラクロアに対する制裁が下されます(制裁という言葉が正しいのかわかりませんが)。会場中が重い空気に包まれるほど、恐ろしい事件をリアルに演じていたキャストさんが素晴らしかったです。あと、パーシーを起こす時に指パッチンをしていた加藤さん。原作も映画も指パッチンだったから合わせたのかな?めちゃくちゃ格好良かったです!

さぁ、そんな事件から数日後、ポールたち看守が話し合いを始めます。

まず議題に上がったのが、ウォートンの正体について。ここは人の名前や州の名前など聞き慣れない単語がたくさん出てくるシーンだったので、予備知識なしに舞台を観劇した場合、真相が分かりにくかったんじゃないかな、と思います。コーフィーの無実が明らかになるシーンだったので、もう少し丁寧に進んで欲しかったかな…。

 

  • 仕事とは

次に議題として上がったのが、コーフィーの処刑について。冤罪であるとわかった以上、彼を処刑することは果たして正しいことなのか?コーフィーの件を通して、自分たちのしていることは殺人だ、と言い出したディーン。そんな彼に対してポールが言った言葉がとても印象的でした。

『一つ確認しておきたいんだが。これが殺人だとするならば、殺している(執行している)のは誰だ?スイッチを押した人間か?スポンジを頭に乗せた人間か?ベルトを締めた人間か?命令書にサインした人間か?判決を下した裁判官か?……死刑囚を殺すのは、この国のすべての人間だ』

これは舞台版で新たに足されたセリフで、言うなれば、この舞台の心臓部分です。そしてこれを聞いたブルータスは「俺は神に、なぜ殺した?と聞かれたら、迷わず、仕事だからと答えるぞ」と発言します。この“仕事だから”と割り切る考え方は、他の国では通用しませんが、日本人には一番響く考え方といえるでしょう。日本で行われた舞台ならではのシナリオだと思いました。

他にも、原作・映画と舞台で異なるシーンがあります。例えば、コーフィーの処刑のシーン。まず映画では、ディーンが堪えきれず涙を流し、それに気付いたポールは「涙を見せるな」と叱ります。立会人のいる場ではコーフィーは悪人であり、同情してはいけない対象。看守にも感情はあるものの、それを見せることのできない立場を表していました。

対する舞台では、こんな会話が繰り広げられています。

ディーン「じゃあ、、、俺たちに感情はないのか?」

ポール『ある!俺たちに感情はある!!』

立会人がいない舞台での看守の人間性を、セリフで印象付けたのです。

 

そしてここでもう一つ。原作・映画では、コーフィーは処刑台に向かう時、立会人たちから強い敵意を感じ、怯えます。そんなコーフィーの様子に気付いたポールたち看守は、「俺たちを感じろ」「俺たちはお前を憎んじゃいない」と声をかけます。わずかな時間・普通ではない関わりだけれども、彼らの間に確かな絆が存在することを強く感じます。立会人のいない舞台でこれを表現するのは難しいのですが、とても重要なシーンがカットされてしまったように感じました。

 

  • 服装について

ポールたち看守が、コーフィーについて話し合っているシーンに話を戻します。ここのシーンでは、舞台中唯一、ポールが制服のジャケットを脱いでいる場面です。演出の観点で、は、自分の身体を隠すものであると同時に、そのを隠すもの、と解釈されることが多いです。つまり、ジャケットを脱いで語られた看守同士の会話は、彼らのホンネなのです。

そして、次のシーン:所長とコーフィーの処刑について話すシーンで、ポールはジャケットを着始めます。話しながら着ることで、コーフィーの処刑に対する心を隠す、つまり、仕事と割り切ることを上手く表現しています。

徹底しているなぁ、と思ったのは、

「しかし…、メリンダを治した人物と、あのような惨い殺戮を犯した人物が同じ1人の人間だなんて…。私にはどうしてもそうは思えない…。君はどうかね?」

と所長がコーフィーの二面性について訊ねるシーン。

ここでポールは、手にしていた警官帽を被り、「…分かりません」と答えます。

コーフィーに罪はなく、真犯人がウォートンであると知っているポールは、警官帽を被り仕事服を完成させる(着終える)ことで、自身の心を隠し、『仕事だから』と割り切ったのです。

 

  • 最後の晩餐

さあ、いよいよコーフィーの処刑前夜になってしまいました。

『何か食べたいものの希望はあるか?ある程度のものは何だって用意してやる。お前が望めば、ビールだって飲むことができる。…まぁ、コップ一杯だけだがな…』

ベッドに腰掛け、ポールが優しく話しかけます。

「特別なものはない…。ミートローフとか…」

『そうか。じゃあミートローフを用意しよう。グレイビーソースをたっぷりかけてな。マッシュポテトもつけてやる。他にはあるか?』

「じゃあ…、オクラとか…」

『よし、分かった。オクラも必ず用意しよう』

ミートローフは、舞台であるアメリカ南部で食べられるごく普通の家庭料理です。では、オクラはどんな意味を持つのか?

 オクラもアメリカ南部でよく使われる食材ですが、この作品内ではそれ以上に、とても重要な意味を持っていると考えられます。

それは、コーヒーと似ていること。

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私たちが普段目にするコーヒー豆を思い浮かべると「?」となると思いますが、私たちの知っているコーヒーとは、このような実から取り出した種の部分です。

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そして、これがオクラの種子。f:id:hatimituorange04:20171211171431j:image

まぁ確かに、似てるか似てないかで言われたら似てるけど…、と思われた方も多いはず😅

しかし、かつてイギリスやフランスでは、実際にオクラをコーヒーの代用品として栽培していたそうで。大恐慌時代、コーヒーが贅沢品となったため、オクラの種子でコーヒーを作っていた、なんてことなのでしょうね…。

ではなぜ、オクラがコーヒーに似ていることがそんなに大事なのか?

みなさん、これより前のどこかでコーヒーが出てきたのですが、覚えていますか?

「ジョン・コーフィーです。飲み物のコーヒーに似ていますが、綴りは違います」

 そう。物語の導入部で、コーフィーが名乗る際に出てきました。

 コーヒーに似ていて、綴りの違うコーフィー。

コーヒーに似ている、代用品のオクラ。

つまり、ここでのオクラはコーフィー自身の暗示です。

イエス・キリストの処刑前夜を描いたとされるレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」はあまりにも有名な絵画です。この絵の中で、食卓に並べられているのはパンとワイン、つまり、キリストの血肉であるとされています。

コーフィーの「最後の晩餐」は、自身を表すオクラ。

ここでもまた、キリストとコーフィーが重ね合わせられているのです。

 

  • コーフィーの処刑

 こんな見出しをつけましたが、加藤さんも仰っていた通り、この作品に正解を求めることをしてはいけないと私は思っています。ですから、この作品の核であるこのシーンに関しては、観客一人一人の解釈で考えて欲しいなぁ、と思うので、ここでの演出的考察は控えさせていただきます。

一つだけ、私の感想を述べるとするならば、ポールたち看守が涙ぐんでいたのがとても印象的でした。

先にも書いた通り、原作・映画では立会人の手前、感情を見せることはタブーでした。そんな彼らが、涙を流して執行する。看守たちの人間らしさが、とても際立ったシーンだったと思います。

 

舞台のラストシーン。グリーンマイルに立ったポールの独白が始まります。

このラストシーンは、原作・映画と大きく異なります。

原作・映画では、コールド・マウンテン跡に建てられた老人ホームにて、100歳を超えてもなおグリーンマイル(物理的な、廊下としてのグリーンマイル)に立ち続けるポールが映し出されます。また、ミスター・ジングルスもコーフィーから(生命力・寿命)を受け取り、1人と1匹が生き続けていきます(原作ではミスター・ジングルスは死を迎えますが)。

対して舞台では、ポールとコーフィーが語り合う形で、ここで映し出されるグリーンマイルは、内面的な、人生の長さ・寿命を表すグリーンマイルです。

2幕の初めに「グリーンマイルは命の道」と書きましたが、このグリーンマイルポールの命の道です。

ここでのグリーンマイルの照明は、ポールが立っている上手からコーフィーの立つ下手の舞台袖まで伸ばされており、終わりを見せないことでその先も続いていくように見えます。コーフィーが去っていく舞台袖の先が死後の世界だとしたら、ポールにはまだまだ命が残されていることが分かりますね。

『お前は俺に力をくれた。…だが俺は確かに、少しずつ歳をとっている』(ニュアンス)

このセリフで、ポールはコーフィーに2、3歩近寄ります。グリーンマイルを進むことで、経過した歳月を表したのです。

細かいところまで徹底していて天才じゃないですか!?👏

また、コーフィーと話しながら、ポールはペンダントを取り出します。ペンダントは旅人のお守り。グリーンマイルという長い道を、ポールが旅していることが強調されています。 

『それにしても このグリーンマイルはあまりにも長すぎる』

 

  • 番外編

舞台はグリーンマイルでの独白で物語が終了しますが、原作ではこの後の未来について書かれているので少し紹介したいと思います。

先ほども述べた通り、コールド・マウンテンは後に老人ホームとなり、ポールは100歳を超えてもなおグリーンマイルに立ち続けます。

ポールは、コーフィーが最後の死刑囚だったと言っただけあって、その後、一度も死刑執行をしていません。州で電気椅子による死刑の制度が廃止されたこともありますが、コーフィーとの出会いによって、死刑について考えさせられたからだと考えられます。

そんなポールですが、原作中一度だけ、コーフィーの力を求めたシーンがあります。

それは、最愛の妻・ジャニスが事故で亡くなった時のこと。

『ジョン!ジョン・コーフィー!いったいどこにいるんだ、でかぶつ?』『ムーアズの妻を助けたおまえが、なぜ私の妻を助けなかった?なぜジャニスを助けなかった?なんでわたしのジャニスを助けなかったんだ?

コーフィーの力が彼にとって苦であると知っているはずのポールの、悲痛な叫び。あまりにも人間らしい叫びに、涙が止まりませんでした。

そして、このシーンでポールは、こんなことを思います。

そう、コーフィーはわたしをも助けてくれたのだ。それから長い歳月が流れたある日、…...わたしは恐るべき真実を知った___救済と呪いのあいだには、本質的なちがいなどなにひとつありはしない、と。

1932年の11月18日に簡易寝台で横ならびにすわっていたあのとき、わたしに流れこんできたものは、救済と呪いのどちらかだったのだろう。コーフィーから流れだし、わたしのなかに流れこんできたもの。……1932年に、ジョン・コーフィーはわたしに生命を植えつけたのだ。わたしに生命という電気を流しこんだ、といってもいい。

コーフィーがポールに与えた、救済と呪い。

それは、コーフィーの処刑の際に、ポールが自ら考えていたものでした。

『この男にひどい仕打ちをしようとしているし、その一方でわたしたちは、この男に救いをあたえることにもなる』

ここまでコーフィーとポールを対比させ、重なるように描いているのは、やはりスティーブン・キングの力量のたまものでしょうか。緻密に構成され尽くしているこのような作品は、他にはないと言っても過言ではないでしょう。

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ここまで長々と話してきましたが、この他にも、たくさんの演出・こだわりが隠されています。気になった方は是非、舞台だけではなく、小説、映画なども見ていただけると嬉しいです。

最後に、このような作品に出会わせてくれた加藤シゲアキさん、キャストの皆さん、瀬戸山さんをはじめとするスタッフの皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました!

 

長々と読んでくださった読者のみなさん、ありがとうございます。

また次回、お会いしましょう!

バイバイ👋

 

それにしても このブログはあまりにも長すぎる。

Walk the Green Mile 〜1幕〜

舞台『グリーンマイル』を観劇しました。

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もうしつこいくらい話していますが、今回もお話しするのは演出についてです。

これまで、コンサート演出、ドラマ演出と話してきたけれど。

舞台の演出も凄いから!!笑

いやぁ、まず友人名義で2日目(10/1)公演、自名義で6日目(10/5)公演と入らせていただいて。

舞台化が決まるまで、グリーンマイルについての知識は全くなかったので、初見は何も予習せず観劇しました。そして、2回目までに原作・映画をチェック。4日間でよくもまぁこなせたもんだ、と自分でもビックリですね。笑

そうは言ってもやっぱり付け焼き刃の知識では、見終わった後に疑問ばかりが浮かんできて。

前半の公演しか観劇できていないこともあり、どうにか東京千秋楽あたりにもう一度観たいなぁ、と思っていました。

しかし当日券にチャレンジしてもなかなか繋がらず。もうダメだ、と諦めていたのですが、ご縁があって10/21公演にも入らせていただけました( ;∀;)

3回観劇できて良かったなぁと思うのは、演技・演出をかなり覚えられたというのはもちろん、1階、2階、3階それぞれから観ることができたのが大きかったと思います。

舞台は、映画やドラマとは違って、場所によって観え方が変わる。内容によるけれど、観え方が違えば感じ方や気付きが違う。

あとでまた触れますが、今回の『グリーンマイル』は照明演出が特に優れていたので、2階以上で観ることができて本当に良かったなぁと思います。

とまぁ、前置きはこのくらいにして、さっさと内容について書きますか…。

ここから先は、舞台の内容はもちろん、原作・映画についてもガンガンネタバレしますので、回避されたい方は読まないようにお願いします!m(_ _)m

映画や原作との演出の違いについて考察していきますが、言葉足らずな部分もありますので、グリーンマイルというストーリーの流れを知っている状態でこのレポに進んでもらった方が、理解しやすいかと思います…。

(映画のあらすじのサイトリンクを貼っておきます→ http://www.fureai.or.jp/~takuo/fukawajiken/essay08.htm )

 

 また、かなり深読みをしていますが、あくまで私個人の考察ですのでご理解お願いします。

 

ちなみに、タイトルの「Walk the Green Mile」は映画DVDの特典映像のタイトルからお借りしました。映画のメイキング映像が収録されていて、とても興味深い内容がてんこ盛りでしたので、興味のある方は是非!!(謎の宣伝)

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  •  構成について

スティーヴン・キング原作、トム・ハンクス主演で映画化もされた名作「グリーンマイル」の、世界初となる舞台化。舞台は、映画や原作に比べて時間・空間・ストーリー展開に制限がかかるため、舞台独自の構成工夫がなされています。

キャストを多くは使えない舞台版では、ジャニス(ポールの妻)や、ポールがグリーンマイルで起きた出来事を語るきっかけとなったエレイン(ポールの友人)は出てきません。原作も映画も、彼女たちに(口語・文語で)語ることでストーリーを展開していましたが、舞台ではその部分を独白という形で表現している。この独白は、ストーリー展開の他に、時間変化の役割・観客の視点を固定させる役割を持っていると、私は思います。映画ではシーンを変えることで表していた時間の変化を、劇中に独白を挟むことで表す。映像の大半に映る・アップが多いことなどで出来る主人公の特定を、ストーリーテラーのような立ち位置で独白させることで観客に理解させる。この独白のおかげで、私たちはポールを主人公として認識し、ともに物語に入り込むことができるのです。

また、原作でも映画でも、死刑執行のシーンでは立会人(主に被害者の遺族)がいましたが、舞台ではその存在について触れられることはありませんでした。f:id:hatimituorange04:20171129175018j:image

この立会人の存在が、原作・映画でのポールたち看守のやりきれなさに繋がるのですが、なぜ舞台ではその存在が明示されなかったのか?それは、私たち観客が物語の見届け人であるとともに、死刑執行の立会人であったからだと思います。

映画の監督であるフランク・ダラボンや主演を務めたトム・ハンクス、その他のキャストが皆、この作品について「ただ見るだけでなく話に引き込まれ、観客一人一人が作品の一部になる」「この作品のテーマを、皆さんが自分自身で判断してくれるのを楽しみにしています」(DVD特典より)と語ったように、舞台版のグリーンマイルにも決められた正解はなく、だからこそ舞台版主演の加藤さんも「内容についての質問には答えない」(シゲ部2017年11月26日より)と発言されたのだと思います。「見届けて欲しい」って公演前にもおっしゃってましたしね。

そういった点では、私たち観客は、ポールと共に考えるジャニス、ポールの話を聞くエレイン、そして死刑執行に立ち会う立会人、それぞれを演じるキャストだったと言えるのかもしれませんね。

 

  • コーフィーについて

グリーンマイルを語る上で欠かせないコーフィーの存在。舞台化をする上で、なぜ元大関把瑠都さんをキャスティングしたのか?「大きな存在感と優しい人柄」が抜擢理由とされていましたが(ビビットより)、私にはその他にも大きな意味があるように思えてなりません。それは、把瑠都さんが外国人であること。原作や映画では繰り返し「コーフィーは黒人だから」というセリフが出てきます。「黒人だから仕方ない」「白人が殺されたのに、なぜ犯人の黒人を殺さないのか」…。映画でコーフィーを演じたマイケル・ダンカンが、「リアリティーがあって1番辛かった」と語った(DVD特典より)のは、大勢の白人に銃を向けられるシーンでした。黒人だから、という理由だけで犯人、しかも死刑判決を受けるべき殺人犯と決めつけられてしまうのは、日本では考えられないことのように感じますが、この時代のアメリカではこれが普通だったのです。そこまでこだわった設定だというのに、なぜ舞台では把瑠都さんなのか。把瑠都さんは黒人ではありませんよね?…確かに把瑠都さんは黒人ではありませんが、私たち日本人にとっては外国人、つまり違う人種なのです。黒白人に関係なく、外国人に対して日本人が少なからず差別意識があるからこそ、把瑠都さん演じるコーフィーが「冤罪であること」が強調されるのだと感じました。

 

  • 照明演出について

さて、そろそろストーリーに進みましょう。始めに話した通り、今回の舞台「グリーンマイル」は、何と言っても照明がすっばらしい!!初見で2階席だった私は思わず泣きましたね、照明演出が良すぎて。ここではストーリーに沿って話していきたいと思います。

開演時間が近付くにつれ、場内のざわめきがスッと収まっていきます。舞台特有の緊張感に加え、今回は重いテーマを題材にしているため、会場自体が真剣な空気感に変わっていきます。

一瞬、無の空間が広がったと思ったら、 突然、ピンスポットの中に加藤さんが現れて、独白が始まります。

えっ、あなたいつ出てきたの!?って思いましたね。3回観ても結局分からなかった。笑

『1932年、秋!』というセリフがキッカケとなって、物語が始まります。

明転とともに、コールド・マウンテン刑務所の様子が描き出される。職務机で作業するポールとブルータス。独房の中でベッドに腰掛けるデラクロア。

っちょ、待って!?なんじゃその独房の照明は!? 

声が出せる状況だったら、まず間違いなくこう叫んでいたと思います。(実際は息を飲むことで堪えましたが)

二つ並んだベッドの周りが、等間隔にで区切られているのです。まさにの檻。…天才か。もう一度言う、天才か!

実際の檻をセットで用意してしまうと、キャストの動きや表情は制限されてしまう。かと言って檻がなければ話が通じない。→→→じゃあで表現しようぜ!って、どういう思考回路なわけ!?(褒めてる)

ほぉほぉよく考えたのぉ…、と感心しながら観ていれば、キャストは1mmもその枠を越えていないんですよ!凄すぎる!!鍵をかけたり、檻を叩いたり。ウォートンに至っては、パーシーを檻越しにむんずと捕まえてからかうじゃないですか。普通だったら、物的障害のないこの状態で、簡単に越えてしまうはずなんですよ。なのに越えない。プロですね。凄い、凄すぎる…。

その状況をより分かりやすくするために、施錠のSE(効果音)まで付けてある。キャスト、演出部、技術部、みんなのチームワークがあってこその演出で。天才か!としか言えなくなるじゃないですか…。

さて、流れに戻ります。

「死人だ!死人が通るぞ!」と叫ぶパーシーが、コーフィーを連れて来ます。(パーシーって本当にいやな奴!)

『話せるか?』「はい、ボス」『名前は何だ』「ジョン・コーフィーです。飲み物のコーヒーに似ていますが、綴りは違います」

そんな会話を済ませ、またポールの独白へ。コーフィーがコールド・マウンテンに来ることとなった経緯が語られます。

捜査官マッギーたちが犬を連れ、拐われた少女たちを捜す…。

ここでも照明演出が活躍します。草原を表す緑の照明サークルの縁を、二人の捜査官が走り回る。「やがて川へたどり着いた」シーンでは、青を基調とした照明を使用。場所を変えられない舞台ならではの照明演出がとても印象に残りました。

これらの照明演出は、1階席からはなかなか見ることが難しいですよね。私もはじめは、何でだろう、もったいないなぁ〜と思っていましたが、ふと、こんなことを思いました。グリーンマイルは、人の理解を超越した力をテーマにしたキリスト教のお話。1階はヒトの視点、2階以上は神の視点。分からない、完全ではないからこそ、人間らしい位置なのではないのかな、と。演出チームがそこまで意識していたとは思いませんが、こう考えることで、また世界観が深まるのかなぁ、と思います。

 

余談ですが、このコーフィーを捕えるシーン、原作・映画・舞台でそれぞれ異なる表現をされていますよね。

まず原作では、重要なポイントが3点挙げられています。

・コーフィーがお弁当を持っていたこと(ソーセージは入っていない)

・拐われた少女たちの家では番犬を飼っていて、その犬はソーセージを食べている隙に首を捻られて殺されたと考えられること

・保安官の犬たちが川で二手に分かれたこと

これらがコーフィーの無実を証明する最大の手がかりとなります。、コーフィーのお弁当にソーセージが入っていないことで犯人はコーフィーだと考えられた。しかし、ポールが調べたところ、コーフィーは靴紐すら結ぶことができず、お弁当を包み直すことができたとは思われない。犬が二手に分かれたのは、片方がコーフィー、片方が真犯人であるウォートンを追っていたから…。と、真相にたどり着きます。トリックが全て明確に回収されるのは、読者が推理しながら読み進めていく小説ならではだと言えますね。

次に、映画では、犬のシーンもソーセージのくだりもありません。ウォートンが少女たちを拐っていくシーンを差し込むことで、映像から推察させる方法で上手く観客を真理へと導いていくのです。

そして、舞台。舞台は文字やテロップを追うことはできませんから、視覚・聴覚から得た情報を自分で組み合わせて考えなければいけません。1番トリックの理解が難しいと言えるでしょう。このシーンでコーフィーの持ち物にお弁当があることに触れていたのに、残念ながら、最後までその伏線を回収することはありませんでした。トリックの理解が難しいからこそ重要になってくる場面だったので、本当にもったいなかったなぁ、と思います。(私の記憶上では触れていなかったので。もし触れていたらすみません)

 

  • 音響

この舞台では、シーンの転換にオールディーズな音楽が使われていました。暗いイメージのある刑務所でこんなにポップな音楽が流れて、ちょっとした違和感を感じます。これは「刑務所内で時々つけるラジオ」から流れる音楽のようです。「刑務所のような非日常の空間にも、日常が存在すること」(DVD特典より)を象徴し、看守たちや死刑囚の生活にリアリティーを持たせる役割を果たしています。

グリーンマイルの音楽といえば、映画の挿入歌であるcheek to cheek が有名ですね。この曲は、処刑前夜にコーフィーが活動写真(映画)を観たいと願ったため看守たちが観せた「top hat」の劇中歌です。I'm in Heaven というフレーズが特徴的ですが、処刑前夜に天国を歌う映画を見せるって、ちょっと残酷な優しさですよね。映画版では、この曲をきっかけにポールの懐古が始まるため、とても重要な曲だといえます。(cheek to cheek/top hatより https://m.youtube.com/watch?v=WOYzFKizikU )

 

  • ミスター・ジングルス

 「ミスター・ジングルス。サーカスのネズミ。マウスビルに住む…」

 デラクロアの相棒で、コールド・マウンテンに笑いを届けてくれる唯一の存在のミスター・ジングルス。「牢獄の絶望的で異常な環境にも幸せが訪れることの象徴」(映画監督フランク・ダラボン談)。

映画では本物のネズミをダースで用意し、その中で1番いい演技をする子を使って撮影したそう。時間をかけて撮影できる映画だからこそのこだわりですね。

舞台では本物を使うことはできないけれど、その代わりに滑車やステージの枠・壁・天井をフル活用して、ミスター・ジングルスがコールド・マウンテン中を走り回っているように見せる、遊び心のある演出を作り上げていました。

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 ミスター・ジングルスが糸巻きを追いかける時、看守たちがエールをおくるのですが、その時の加藤さんが優しい声で可愛くて大好きでした。移動が間に合わなくて、ミスタージングルスを跨ぐためにジャンプしたりもしてました。笑

 

ここでチェックしておきたいのが、今回の舞台フライヤー、ポスター、そしてパンフレット。これら全てで、加藤さん演じるコーフィーがを手にしている写真が使われています。

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この手の中でを放っているのは、コーフィーの治癒能力、並びに生命の象徴でもあるミスター・ジングルスなのだと、私は思います。

この写真、実は映画のポスターのコーフィーと同じポーズなのです。(よくよく見れば衣装も同じ!)

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コーフィーが抱えることで力(癒す者)を表していた映画に対し、舞台版でポールが抱えたのはなぜか?私は、ポールがコーフィーとの触れ合いによって命の重さを理解したことを表しているのかな、と思います。後でまた触れますが、舞台版はラストシーンが原作・映画とは大きく異なります。どちらかというと、舞台ではミスター・ジングルスの存在はそこまで重要視されません。もし舞台でも原作のようなラストだったら、コーフィーの力(命)を受け取ったことやコーフィーの抱える痛みを理解したことなど、この構図の持つ意味は増えたでしょう。しかし、今回の舞台版から考えられるのは、シンプルに「命の重さ」だと思います。

 

  • ウォートン

ミスター・ジングルスがもたらしたつかの間の幸せの後は、問題児・ウォートンの登場です。薬で大人しくさせられたフリをして、隙をついて看守に襲いかかるなんて卑怯だぞ!シゲのシゲまで触って!!😡

「ヘイ、ボーイズ!パーティーの始まりだぁ!」

と第一声で宣言した通り、彼は刑務所ライフを楽しみます。お気に入りのパーシーを虐めたり…。

そんな彼の極め付きは、デラクロアの処刑後のこと。

「焼けった〜、焼けった〜、バーベキュー。キミとボクとでバーベキュー。こんがりぃ、焼けたデラクロア!」

「焼けた〜焼けた〜デラク〜ロア〜。頭のぉスポンジはぁカラ〜カラ〜」

『ウォートン!』

と、不謹慎な歌(上記はニュアンスです)を歌いポールに怒られます。 この時、彼はなんと舞踏会さながらのステップを踏んで踊ったり、ポールに怒られた後は膝でお辞儀をしたりと、ウォートンの中ではパーティーが続けられているのが分かります。

見ていて胸がムカつく演技をしていた鍛治さんはつくづく凄い役者さんだなぁ、と感じました。

 

  • コーフィーの力

 さぁ、やっとこの話の核であるコーフィーまで辿り着きましたね。ご存知の通り、コーフィーは人を癒す力を持っています。こののおかげで、ポールは持病である尿路感染症から解放されるのです。(ウォートンの騒動のせいで襲われた激痛に悶える加藤さんは最高でしたがw)

ここでも原作・映画との表現の違いが!

原作には「蚋(ブヨ)か蚊のようなものがコーフィーの口から吐き出された」との表記があり、映画でもそれを忠実に再現しています(CGとはいえショッキングなシーンでしたが)。その吐き出された「悪いもの」は、飛び回っているうちに白っぽく変色して消えてなくなります。さらに映画では、コーフィーの力が発動されるとコールド・マウンテン中に何らかのパワーが伝わるようで、電球が光を増し、その強さに耐えきれず割れてしまったりします。

それに対して舞台では、カラスのような黒い影がステージを覆い尽くします。また、悪いものが浄化される際には闇が晴れるように明転します。プロジェクターを使った、新しい照明演出が素晴らしく、とても感動しました。

 

  • The happens on the Mile stays on the Mile

これはウォートンに脅かされて漏らしてしまったパーシーが「他言するな!」と詰め寄った際に、看守の1人であるディーンが言ったセリフです。「グリーンマイルで起きたことは、外には漏れない」。コーフィーが無実であることも、ウォートンが真犯人であることも、コーフィーの力、デラクロアの処刑、ウォートンの死の真相も…。グリーンマイルで起こった、私たちが目にしたことは、どんなことも外部に漏れることはないのです。何気なく使われていましたが、無力さを感じずにはいられないセリフでした。

 

いよいよデラクロアの処刑が迫ります。「ミスター・ジングルスをマウス・ビルに連れて行く」約束を交わした看守とデラクロアは、オールド・スパーキー(電気椅子)までの長い廊下を歩きます。ここで、またしても照明の出番です。デラクロア、ポール、パーシー、ブルータス、ディーンが隊列を組むと、緑色の通路〈グリーンマイル〉がステージ上に映し出されます。ゆっくりとその道を進み、ライトの端に行き着くと、そこからまた新たな通路が照らし出され、グリーンマイルは続いていく。この間に、暗転部分に電気椅子がセットされるという、狭いステージを効率よく使った演出がなされています。

このグリーンマイルを進んだ先で待ち受けるオールド・スパーキーによって、デラクロアは悲惨な死を遂げます。

 

 

ここまでで1幕が終わり、15分間の休憩に入ります。後味は悪いのに妙に落ち着くというか、何とも複雑な心境のまま休憩時間を過ごしましたね。

 

…ちょっとここまでで十分長くなってしまったので、2幕からは次の記事に分けさせていただきますね(>人<;)

よろしければお付き合いいただけると嬉しいです…。

 

では!次の記事にて!👋

コードブルー担のひとりごと。

今夏、私の心を掴んで離さないドラマ・コードブルー。

最終回目前にして、演出関連の下書きが溜まったので消化させてくれ…!

という自己満メモブログです。

 

演出って、セトリやステージングはもちろん、衣装や、トークの流れ、移動、小道具…、コンサートを構成するすべての要素が関わっていて。全てのものがメッセージ性を持っていて…。

奥が深いのです。いくらでも考察できてしまうのです。

 と、以前の関ジャニ∞のジャム魂の演出レポでも書きましたが。

 

ドラマの演出だって凄いんだぜぃ?(スギちゃん風)

 

だから、本編の内容に関する演出の考察は時間がかかりすぎるので、ここではしません。

 

じゃあ何の考察かって??

 

 

エンドロールの映像ですよ!!

 

 あのわずか1分50秒の間に、重要なメッセージが詰められているんです。

 

本編が終わったからって、チャンネル変えるのはやめて下さい!

 

ここでは、そんなエンドロールに込められた演出の中でも、First、Secondシーズンからメッセージを引き継いでいるものについて書きたいと思います。

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フライトドクターとしての成長

 

 この“成長”が窺えるのは、ドクターヘリとのシーン。

 

season1では、

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見上げ、追いかける対象だったドクターヘリ。

フェローとして、フライトドクターを目指し奮闘する姿を表しています。

 

season2では、

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やって来るドクターヘリを迎え入れ、ともに歩く。

ドクターとしての自信もつき、現場で「使える」レベルになったことを表す。

season1では走っていたのに対し、歩くことで、冷静な判断ができる落ち着きが出て来たことが感じられます。

 

そして、season3。

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倉庫の中からヘリとともに飛び出し、ヘリの前を走る。

ドクターとして後輩フェローを教育する身となり、責任感を持って救命チームを引っ張る。

ラストシーンでヘリと違う方向に向かうのは、これからの彼らの進路が関わっているのかなぁ、とも思います。

 

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鏡の演出

 

season1では、

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ただ複製として利用してた鏡の演出が、

season3では

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実物が動いて鏡の中と異なる動きをする。(語彙力)

プライベートなどとの切り替えがつけられるようになった、客観視できるようになった、といったことが表現されています。

 

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スクリーン

毎回の放送内容のダイジェストを映しだすスクリーン。

 season1、2では、ヘリに投影していましたが、

season3では、キャストのフォルムに投影。

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 頭で考えられるようになったことを表しているのかなぁ、と思います。

 

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この他にも、たくさんの仕掛けがされています。

皆さんも是非、エンドロール・演出に着目して見て下さい!

ドラマが2倍も3倍も楽しめます!!

 

でもコードブルー初めっから見てないしなぁ…って方!!

FODで無料で見られますので是非!(お前はフジテレビの回し者か)

 

あ、あともう一個だけ!

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劇中で使われるスマホのホーム画面やパソコンのデスクトップ。EMSのメンバーが、どれだけドクターヘリに誇りを持っているかが伝わって来ますね。

 

今回はドラマ・コードブルーを取り上げましたが、映画でもエンドロールにお茶目な仕掛けがされていることもあります。

だから、映画館で、まだ暗い中で立つ人が本当に腹が立つ!制作側はここまで考えてんねん、気付けやっ!ってなるw

 

シゲのマーニー事件もそういうことなんだろうなぁ〜って思うわけです(シゲはそれで怒っているわけではない)

 

こういう仕掛けに気付くの楽しくないですか!?(テンション上がってきた)

 

こういう仕掛けに気付ける人でいたいし、いつかは仕掛けられる人になりたい。

 

そう思って日々勉強しています。

 

では、そろそろ最終回が始まるので。

 

アディオス!(^ ^)

 

演出って素晴らしい 〜伝えたいことがあるんだ〜

8月15日。関ジャニ∞のジャム魂 東京公演に行ってきました。

NEWS以外では人生初のライブ。

 

丸山担の友達からお誘いをもらった時は、正直ついていけるか不安があったのですが、

会場に着いた時からはもうワクワクが止まらなくて。

 

席はステージの真横の、スタンドの前から10列目という…。

 

近っ!

 

ロッコの乗り降りが、本当に目の前で行われていて。

 

盛り上がらないわけがない!

 

結果、周りのエイターさんよりもはしゃいでいたように思います。

 

ちなみに、丸山さんと大倉さんにファンサをいただきました…。

 

丸山さんのエアハグに、崩れ落ちる友人と、友人よりも喜んで飛び跳ねる私…😅

 

大倉さんは誰彼構わず投げキッス…。

もちろん私も被弾しました…。

 

 

とまあ、とにかく楽しかったライブの中で、私の印象に残ったのはやはり

 

演出!!!!

 

もうこれは職業病みたいなもので…。

 

なぜそこまで演出に反応するのか?

 

それは、私が大学で専攻している学問分野だから…!

 

演出について何か気付きがあると、私の中の竹原ピストルが「よー、そこの若いの、俺の言うことを聞いてくれ!」って言い出すのです。

 

だから今回も、気付けばステージ上のセットの動きや、照明、特効、スタッフさんの動きに目がいってしまって。

 

いったい何度渋谷すばるの見せ場を見逃したことか…(キャーっていう周りの反応にスクリーンを見るも手遅れだった…)

 

というわけで、エイトのライブで特に気に入った演出について書きたいと思います。

  演出って、セトリやステージングはもちろん、衣装や、トークの流れ、移動、小道具…、コンサートを構成するすべての要素が関わっていて。全てのものがメッセージ性を持っていて…。

奥が深いのです。いくらでも考察できてしまうのです。

 

なんて言いながらも、所詮学び始めのペーペーが考察するわけで。

エイトについての予備知識もほとんどなく。

だいいち、演出ってのは気付かれないほど自然になっているのが良いわけで。

 

だから一曲だけね、考察するよ。

 

他にも知りたい人はきっとそのうち発売されるDVDで考察してくれ!私もするから!!

 

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宇宙を目指したライオン

 

前述の通り、エイトについての予備知識は少ないもので。

ジャムは聴き込んで行ったけれど、他は有名なA面とかしか知らなくて。

 

んで、3曲目にコレが来た。

 

イントロは、ステージ上にある照明の機械が降りてくるのを呆然と見つめていましたね。多分ここのタイミングで降りてきたと記憶している。

何に使うんやろ?って感じで興味津々で。

 

Aメロが始まり、「あー、好きなタイプのやつや!」と興奮。

歌詞だけ聞けばテゴマスで歌ってそうなのに、この曲はエイトにしか歌えないな、と思った。

バンドの感じがとても良い。TOKIO兄さんが歌ってそう、とも思ったけど、あの人達はサーカス団の檻の中になんていない、初めから草原にいそうだな、って思って。

 

そういうのは別にどうでもよくて、演出の話よ。

 

サビに入りましてね、ライオンが世界を見たいと走り出すわけです。

 

その時の照明が、緑と黄色で。

 

はぁぁぁ〜〜〜!!

 

草原とライオンかよ!!!

 

瞬時にそう思った。

NEWSならきっと、スクリーンにライオンを映し出すタイミング。

ここで、照明の力だけで世界観を創り出すなんて、思いもよらなかった。

 

しかも、ご丁寧にも、ライトに高低差や強弱をつけて。

緑が下に、黄色が上に。

黄色を中心に、緑を周りに。

 

まるで、草原の中にライオンがいるように。

 

照明器具が降りてきたのは、この絶妙な描写をするためだったのです。

 

ライトをつけるタイミングも、サーカステントの檻を壊して、逃げたあたりからだったと思う。

 

…天才かよ!

 

この演出考えた人天才かよ!!

 

NEWSのNEVERLANDでも演出さんが天才だと思ったけど、エイトも凄く良かった。

 

もっとちゃんと予習していけば良かったなぁ、って後悔したくらい。

 

曲名とか、歌詞とか、作詞家・作曲家さんが込めた想い、なんてのを知っていたら、きっともっと気付くことが多かったライブになったんだろうなぁ、って思うと悔しいですね。

 

だから、DVDが出たらもう一度考察したいです。

NEVERLANDの考察もしたいので忙しいですね!笑

 

あと演出面で言えば、えげつないでのラップバトルで、村上くん以外は左右に分かれて、バトルする2人がトロッコで中央に運ばれてくるのが好きでしたね。

ポケモンバトルで「君に決めた!」ってやる感じ?良いよね、テンション上がったわ〜。笑笑

 

最後に、NEWSとエイトのライブの違いをメモっておこう。

 

・セットがシンプル

バンドセットがあるからだとは思うけど、NEWSのゴテゴテなファンタジーセットに慣れていた私には衝撃的なシンプルさだった…w

 

・ステージドリンクが丸見え

これもバンドならではだよね。手元に置いてあるのが凄く新鮮だった。

 

・スタッフさんの行き来が見える

ギターの交換だったり、楽器に繋いだコードの確認だったりでステージ上にスタッフさんの姿が…。NEWSでは起こりえないから面白かった。

 

・7分割スクリーンは収納式

これは今回だけなのかもしれないけど。バンドセットの後ろにあって、7分割で見せたい時だけせり上がってくる。

 

・天井カメラの存在

これもバンドならでは。ドラムを上から映し出すのに使っていて。大倉くんが仰ぎ見てて死ぬかと思った。

 

ここまでステージング(裏方)についてしか話していないのヤバイね。職業病怖いね。

 

・曲間にトーク

バンドの準備で空く時間を、トークで回すエイト。ポンポン次に行くNEWSとは違って面白い特徴。

 

トークになると声が小さい

バンドの音が大きくてそう感じたのかもしれないけど。NEWSの、トークになるとムダに声を張り上げるパツキンの子がいないから変な感じだった。笑

 

トークが速い

エイトさんは頭がいいなって。話の飛び方が凄く面白かった。

 

・C&Rも速い

S.E.V.E.N転びE.I.G.H.T起きとか言えなかったもん。

 

・人数が多い

4人でも目が足りないって思うのに、7人だなんて…。みんなどうやって見てるの!?

 

・ソロという形がない

今回は歳上・歳下で分かれての歌(Answer,ノスタルジア)という形を取っていて。一人きりのソロも見てみたいなぁって思った。

 

・ハモリのバリエーション

ぶっちゃけ、声の聞き分けがまだ出来てないんだけど、人数多いと色んな歌い方できて良いなぁって。

 

他にも、想像以上に踊っててカッコ良かったとか、みんな丸に対してのいじりが凄いとか、亮ちゃんの照れ笑いが可愛いかったとか、大倉くんがエロすぎて罪な男だったとか、ヨコの流し目が美人だったとか、村上くんは楽器してるときは真顔だとか、ヤスのダンスが好きなやつだったとか、すばるさんの目が大きいとか、気付いたことはたくさんあったけど、

 

めちゃくちゃ楽しかったです!!

 

来年も出来ることなら入りたいです!!

 

それまでたくさん勉強しておきます!!!

 

以上!笑

 

バイバイ✨

 

涙の裏にはワケがある。

※このブログはアルバム発売時に書いたものです。コンサートには一切関係のない内容です。流さなくてもいいか?とも思ったのですが、まぁ下書き供養のつもりで…(^_^;)

 

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はい。

今回は超個人的ノーツです。

newsの最新アルバム、NEVERLAND。

その中で、どうしても泣いてしまう楽曲がありまして…。

なんでだろうな〜と考えてみたら、ああそっか…と納得するしかない理由があったので。

書きます。

 ちょっと暗い話になるから、そういうの無理って人は読まないでね。m(_ _)m

 

 

 

・ニャン太

この曲、「どう聴けばいいか分からない…」って方が多いんじゃないかと思うんですけど。

私の場合、初見(初聴?)で号泣でした。

それは慶ちゃんとニャン太の関係を思って泣いた訳ではなくて…。

 

私の祖父は、去年の10月、脳梗塞で倒れました。

脳梗塞になったのは初めてではなくて、今回も何ヶ月か入院するくらいだと思っていて。

手術を終えて一段落ついた頃、お見舞いに行った私は衝撃を受けました。

私の知っていた祖父ではなくなっていたから。

身体は2回りほど小さくなっていて。

何よりも。

 

「お前は誰だ」

 

そう言われたことに愕然とした。

これを聞いた家族は慌てて取りなしてくれたけど。

 

泣きそうだった。

 

おじいちゃん、私のこと忘れちゃったんだ。

 

仕方がないってわかってたけど。

いつかはこんな日が来るって。

それでもかなりショックだった。

 

その日はどう接したらいいか分からなくて。ほとんど話すことはなかった。

家に帰ってから、たくさん泣いた。

まさか自分の名前を忘れられちゃうなんて、想像したこともなかったから。

しかも、名付けてくれた本人に…。

 

受験期だったこともあって、それからずっとお見舞いに行けてなくて。

だんだん、次会った時どんな顔をしたら良いのだろう、とか、もう思い出してくれないのかな、とか…。

お見舞いにも行きたくなくなって。

 

そんな時。

NEVERLANDの発売が決まって、

ニャン太という曲が慶ちゃんのソロだと分かった。

 発表になった日、ちょうど友達と汐留に行ってたんだよね。小山キャスターを拝みに!笑

「ニャン太ってどういう事?笑」みたいな話で、「もしかしてそういう事…?」ってなって…。

 

 

 聴いた時は鳥肌がたった。

本当に、自分の事みたいに感じたから。

 

名前呼んでとか、僕が付けた君の名前とか、君と過ごした19年(まだ18年だけど)、ももう 今は…とか…。

 

挙げたらキリがないくらい。笑

言葉の使い回し一つ一つが、グサグサと私に突き刺さった。

もうなんなの!?って思うくらいに。笑

 

 

でも不思議と、悲しいとは思わなかった。

号泣したけど、私はすっごく救われた気がした。

きっと きっと 大丈夫だよ

君の心 近く感じる

ここの部分。

今までずっと、誰にも言えなかった。

おじいちゃんが死んじゃったらどうしよう、とか。

なんで覚えてないの?とか。

そんなこと、不謹慎だし、言ったってどうしようもない事だし…。

だけど、慶ちゃんが『大丈夫だよ』って言ってくれたように感じた。

『きっと忘れてなんかないよ、心の中にずっといるよ』って。

ただの自己満かもしれないけど、この曲のおかげで、私は祖父に会いに行けるようになった。

 

いまでも祖父は、私のことを思い出せていません。

会う度に、一生懸命思い出そうとしているのか、困ったような表情を見せます。

それでも私は、大好きな祖父に会いに行ける。

その勇気をくれたのは、この曲ニャン太なのです。

 

 

U R not alone 

まだ続くのかよ?って感じだよね。ごめんなさい(>人<;)

そしてこれまた暗めな話っす。m(_ _)m

 

あー、説明ムズイんだよなぁ。

上手く伝わらないかも。笑

 

私、中・高と陸上やってて。

高校では部長もやってて。

まぁまぁ速かったんですよ。笑

 

高校2年の夏には、結構大きい大会で準決勝までいって。

「来年は、もしかしたら決勝いけるかも」

って。これからだ、って。

 

だけど、現実はそんなに甘くなかった。

 

忘れもしない高2の9月。

体育祭の前日だった。

リレーの代表選手になった私は、最後の調整練習をしていて。

別にスピードを出して走っていたわけじゃない。何か強い圧力がかかったわけでもない。

 

なのに突然、右膝が砕けたように痛んで。

 

しばらく動けなかった。

大袈裟じゃなくて、本当に。

そのまま5分は、膝を抱えたままグラウンドに転がっていて。

伸ばした方が楽だと分かっていたけど、今動かしたら死ぬんじゃないかなって思うくらいの痛みで。

 

何とか体育祭を終えて病院に行った時、

私はまた絶望を味わった。

 

「半月板損傷。手術が必要」

 

まじか…。

手術…。

 

しかも、リハビリして走れるようになるまでに、最低3、4ヶ月かかるって…。

 

最後の大会、間に合わなくない…? 

 

手術を受けなくても、走れることには走れるんだけど、

 

もしまた損傷したら、歩けなくなるよって…。

 

なんだよそれ。無理じゃん。

 

結局、12月に手術を受けることになって。

 

12月25日。クリスマス。

 

病室でクリボッチ。

部のみんながクリスマスパーティーで、お泊まりしてる中。

1人じゃトイレにも行けないような状態の私…。

 

そんな時、私を支えてくれたのは、やっぱりNEWSだった。

 

確かあの時、カウコンの番宣?みたいな、再放送をやってて。

 

号泣した。辛すぎて。悔しくて。

 

なにより、頑張らなくちゃって思って。

 

NEWSはこんなに頑張ってる。

こんなにも、一生懸命に夢に向かって。

私にだってできるはず。手術くらい…って。

 

手術後すぐに、リハビリを始めて。

担当の先生がびっくりするくらい、順調に回復して。

 

(余談だけど、その頃気合い入れるためにランニングシューズを一新したんですよ。そしたらめっちゃquartettoのチュムチュムの衣装みたいな配色だったの。笑

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ちょっと運命感じるよね。笑)

 

 

だけど筋トレってつまんないのよ。笑

 

部の練習に復帰しても、みんなが走ってるのを見ながら腹筋・背筋・腕立て・体幹…。

 

走りてーーー!!

 

あの筋トレ期間が1番辛かった。

 

それでもなんとか筋トレを乗り越えて、次に走る感覚の戻し。

 

あ…。走れない…。遅い…。

 

たった4ヵ月ちょっとで、こんなにもタイム落ちるんだ…。

 

決勝残ろう、なんて夢のまた夢。

 

100m走り切ろう…。

そんなしょうもない目標しかたてられなくて。

 

結果。

 

地区大会、予選落ち。

 

しょうがないって思った。

 

でもずっと、どこか後悔している自分がいて。

 

もっと何か出来たんじゃないかな?

 

筋トレ、ちゃんと取り組めば結果は変わっていたかも…。

 

手術を受けていなかったら、もしかしたらもっと走れていたかも…。

 

そう思っている自分が凄く嫌で。

 

3年の体育祭なんて、リレーの選手になったは良いものの、また壊れるんじゃないかってビクビクして…。

 

トラウマだよね。

 

しかも、バトンの受け渡しで隣のレーンの子とぶつかって、吹っ飛ばされて。

 

心配性な母親はガチギレ。

 

クラスで走る全員リレーも、出るなって止められて。

 

だけどどうしても走りたくて、反対を押しきって走って…。

 

一番大好きな行事が、一番辛くて悲しい、悔いの残るものになっちゃった。

 

走ることが大好きなのに、走ることに恐怖を感じるようになった。

 

それから迎えた受験も、モヤモヤしたまま終えて。

 

私の中で、陸上に対する区切りがつかないまま卒業して…。

 

 

U R not aloneは、そんな私の心情にぴったりと当てはまった曲。

 

歌詞の中に出てくるフレーズが、比喩じゃなくて、物理的に一致した。

傷だらけのこの足で なんとか立っている

あの日つまずいて しゃがみこんでしまうほどの 痛みさえ

 

何なんだろうね。

 

こんなにも自分に向けられてるんじゃないかって思った曲、初めてだよ。

 

きっと誰にでも経験したことのあるような、そんな辛さに対する応援だって感じさせる曲なんだろうけど。

 

 初めて聞いた時、涙が止まらなくて。

 

 もっと早く、この曲に出会いたかったって思った。

 

それと同時に、この曲に出会ったのが一番つらい時じゃなくて良かった、とも思った。

 

きっと、あの時の私じゃ、この曲に向き合えなかったと思うから。

 

 

この曲はただの応援歌じゃない。

 

 それでも戦っている そんな他人はきっと他所にいる

 

今までの応援歌じゃ、こんな風に突き放すような歌詞はあり得なくて。

 

でも、私が本当に望んでいた応援歌は、きっと、こういうものだった。

 

きれいごとを並べて、ただ頑張れって言うだけじゃない。

 

俺らも頑張ってるよって伝わってくる。

 

負けたくない、あの人達と同じくらい高いところを目指したい。そう思わせてくれる歌。

 

だから、自分に負けた、と思っていたあの頃の私じゃ受け止めきれない。

 

今の私でさえ、この曲を聴くと苦しくなる時がある。もっと頑張れるはず、って。

 

正直、私の中ではまだ、陸上に対するケジメみたいな、確固とした決着はついていなくて。

 

でもやっと、あの経験があったからこそ、今の私がある、って思えるようになった。

 

この曲を聴くたびに、あの頃の私がそばに立っていて、不安そうな顔をしているように感じる。 

そんな自分に、大丈夫だよって言ってあげたくなる。

でも、大丈夫だよって言っている私もきっとどこか不安を感じていて。

だからきっと、そんな私を、未来の私が見てくれてるはず、って思うんだよね。大丈夫だよって言いながら…。

 

なにが言いたいのか分からなくなってきちゃったけど、笑

 

この曲はずっとずっと、過去も、今も、未来も、どんな時だって私を支えてくれる曲だって思えた。

 

 

 

 で、話変わるけどさぁ、作詞作曲GReeeeNなわけ。

 

 

…………は?

 

 

なんで私がGReeeeN大好きなの知ってるの!?!?

 

私、前述したように、受験期に色々あって…。

一時期、NEWSが聴けなくなっちゃったんですよ。応援歌が沁みすぎて。なんか、凄く自己嫌悪しちゃって(^_^;)

 

そんな時、ずっとGReeeeNばっかり聴いてたわけ。

 

BE FREEとか、刹那とか、とか、UNITYとか…。

空への手紙では号泣したし、からは力をもらえた。

って曲を使って、部の卒業記念の動画とか作ったし…。

 

そのくらい大好きなアーティストが、NEWSに楽曲提供…!

 

この曲、やっぱり私のための曲じゃないですか。笑

 

 

 

まぁまとめると、この曲が大好きってことです。

 

この曲を聴いたら必ずと言ってもいいほど泣くけど、それは悲しい涙じゃなくて。

 

嬉し涙…でもないけど。笑

 

 

この曲を聴いて流すのは、他とは違う、ちょっと特別な涙。

 

 U R not alone 

 

私の、大切な応援歌です。

 

 

 

________________________________

 

はい。長いね。クドイね。笑

 

今読み返すと、なに言ってんだコイツ感がハンパないw

 

でも、基本的な想いは変わってないかなぁと思って、手直しせずに上げちゃいました。笑

 

あとさ、クラウドで前にシゲがおじいちゃんの話してたじゃん?ビックリしたよね…。状況かぶりすぎて。笑

 

そうそう、今でも祖父は私を思い出せていないんだけど。

 

「この子はキャスターだろう?」

 

って、慶ちゃんは覚えてくれたみたいです。笑

 

気長にね、頑張っていこうと思います。

 

NEWSのくれるメッセージに、これからも勇気付けられるんだろうな。

 

きっと、一生離れられないだろうなって思えたアルバムでしたね。

 

さぁ!今度こそハッピーなライブレポ書くぞ!!(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

 

では、また。

 

バイバイ👋

 

 

NEVERLAND〜NEWS的深読みver.〜

 

どうも!

今回は深読みver.というわけで。

前回がただの妄想だったんでねw

まぁ今回も深読みってほど深くないし妄想ですけど…。

温かい目で見てやってください。(_ _)

 

あ、あと!全曲は紹介できません!すみません…。幾分文章をまとめる力がないもので…。悪しからず。

 

 Silent Love

オイオイいきなり7曲目かよ!?って思ったそこのあなた!!

…おっしゃる通りです。

だって!全曲紹介してたらツアー終わりそうなんだもん!!

仕方がないんだよ!とにかく進め!

ってことで。

 

この曲は、私の中でLiarと対極にある存在。Liarは浮気された側、Silent Loveは浮気した側。

まあもう彼女がめちゃめちゃ悪い女だったって話なんですけどね。

 だって本腰の彼氏側(?)の Liarでさえ

出会いは一瞬だった思えば

あの場所でsexyな君と目が

合った時すでに始まってた

恋の駆け引きまるでNightmare

で出会ってるからね。衝動的な出会いでしょ。(あれコレEMMAのレポになってる…?)

で、Liarが束縛系カレシなのに対して、浮気相手Silent Loveは関係重視で「好きだ」って言うのも躊躇うほどの優男…。ヤサオ…。

そりゃ浮気するよねぇ…。

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そんなこんなでどっちとも関係を持つわけ!かぁ〜悪い女だねぇ〜〜!!黒いnewsと白いnewsどっちもなんてズルすぎるんだよ!!代わってくれ!!!(←!?)

とまあ、2人の男を手玉にとる女、EMMAがいるわけです(アイツだったかやっぱり…)

でも!でもね!!

悪い女には天誅が下るの!だから安心して!(?)

原因は浮気相手が付けちゃった首筋の跡。まあバレますよねぇ〜?

でもね、これ浮気相手Silent Loveが悪いわけじゃないのよ。だって出会ったのはダンスパーティーですもん。彼は高鳴る想いランデブーしちゃっただけなんです。アンドゥトロワってw

君といる未来を信じて 今夜は夢を見る

って。めっちゃ騙されてるね!?相手はあのEMMAだぞ〜!

 

そしてバレる。

 

本家、嫉妬深い男。

嘘は許せないって何度も言ったな Ah

真実が残酷だってまだマシだって なぁ

どんな小さくても 悪気がなくても

もう二度と100%は信じられない

ここのテゴちゃん狂気感じない!?

特に「 なぁ 」!「 なぁ 」って!こっわ!これちょっと帰り遅くなって、家に着いたら部屋の電気付いてなくて、居ないのかな?って思ったら背後に立ってるヤツ!一瞬で冷や汗かくヤツ!!

ほらミステリアにも出てくるじゃん?地下室(ジブン)の奥の方に潜む狂気の化身。帰り遅いから孤独に暴れ出しちゃったよ…!?

何も知らないふりでサグリをかけて ねぇ

昨日は何してたの?誰といたの? なぁ

やばい束縛はじまった…。10分おきに連絡しないと…。

でもこれくらいじゃあEMMAちゃんは揺らがない。

Thrillを楽しむのか?悪戯に

マジか…。メンタル強くない…?こんな狂気じみた彼氏でまだ遊ぶか…!?

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 で。彼氏がキレる。

 偽りのPureお見通しだから

そろそろGameを止めようLover

はいサヨナラまで2cm!(突然のEMMA)

あとね、この彼氏めっちゃ凄いのよ。

I don't care what's a truth 

I don't care what's a lie

But, I care  what you are

真実か嘘かはどうでもいいけど、お前が何者なのかは重要。

つまり、オマエ ハ オレ ノ モノ…。

あんだけそんな嘘で俺を騙せると思うかい?って嘘にこだわってたくせに…。

 

 対するホワイトnews、Silent Love

どんな風にキミを忘れよう
どんな風に夢を見よう

あぁぁ別れる時まで優しさの塊…。好き…。
小山さんの切ない・苦しい声がもう優しい浮気相手の象徴じゃん!?絶対いい男じゃん!?イヤ浮気相手ってオプションがあるから最低な男感出るけどさ!

こんないい男どうやって捕まえたんよEMMAちゃん!?(言えないからって最後に抱いたのは内緒ね!)

実は伝えたかった my Silent Love

かっこよ…。言わない勇気…。大事です。

 

この二曲、面白い偶然があるんです。

どこにある心のDoorのKeyは  (Liar)

どこにあるKey to your heart I wanna see  (Silent Love)

どっちも心のKey探してる〜〜!!!

え、めっちゃNEVERLAND…。これコンサートで歌おう…??

あの、ほら、pacificの頃にSHOCK ME vs Devil or Angelでやったみたいな、対決形式で重ねて歌うのやろう…!?

人数少ないけど!!演出凝らして頑張ろう!?!?

コンサートが無理だったらMVでも良いから!!頼んだJE!!

 MVだったら鏡に向き合って歌うのが良いです!星を目指してみたいな!自分に向かって歌ってほしいです!!

白と黒のnews が共存する世界…。鼻血出そう…w

 

恋を知らない君へ

この曲ね。いつ聴いても思い出すのは去年の夏…。24頑張ったな…。シゲもドラマで時かけてたしな…。

って感じじゃん?

今日はそのイメージぶっ壊そ!✨

 

この曲は、思春期の娘を持つ父親の歌

 

って2016年9月30日の私のメモには書いてあるよ。笑

 

いつまでも僕らの未来はずっと 続いてくと思ってた

うわぁ…。娘に彼氏できて落ち込んでるうぅ…!

共に過ごした夏はもう 二度と戻らない

パパ…(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

ここでnewsパパを見てみましょう。

  • こやパパ→花火 仰ぐ その横顔 切り取って胸にしまっていた

うっわ絶対やってる…。アルバムこまめに作るヤツ…。

  • シゲパパ→誰もいない 駅のホームで あなたの帰りを待っていた

うわうわ娘を駅まで迎えに行くの…。シゲやりそう…。「遅いじゃん」ってちょっと怒りそう…。

でも、時は過ぎていくのです。

娘が恋を知ったがために、パパは我が子を抱きしめられなくなった…。

切なすぎるよこの曲…。

全国のパパ頑張ってください…。

 

流れ星

 この曲さぁ、ヒロイズム&亀田さんでしょ〜?まあ当たりだよね✨

本当にこのお二人は最高ですし、私なんかがレビューできるような曲じゃないんです!そんでもってnews×星=深読みの合図みたいなところあるから皆さん既にレビューとか書かれてると思うんです!

そして今私には時間がない!なぜならレビューをコンサート前に終わらせたいから!

だから詳しいことはまた今度にする!

 

伝えたいのはひとつ!(watch meじゃないよ!)

涙さえ光で照らしてよ

ずっとずっと僕らの夢が続くように

ここ!

もう前提として星=newsファンって解釈で進むよ?

 信じては疑ってた自問自答の日々。

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奇跡じゃないと信じられたあの時。

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未来へと手を伸ばした先にはファンが居て、

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また歩き出した。

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だからこそ、newsにとってファンは希望の証で、夢を繋ぐ大切な存在。

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 引用した部分のさえ光で照らしてよには、

「僕らの泣いた過去も全部見て。これが僕らnewsなんだよ」っていう風にも考えられるんじゃないかと思うのです。

それは、「9人も8人も6人も。どの時代も大切なnewsとしての時間」っていう、彼ららしい考え方で。

newsの過去を『大変だった』で終わらせない。全部まとめてnewsなんだって。そう思える歌詞なんじゃないかな。

 

あくまで個人的な解釈ですけど!

 

でも、そういう考え方も有りかなぁと思います!

 

私の好きな言葉に、「幸せに向かう途中の困難は、幸せの一部であって、決して不幸ではない」って言葉があるの。

newsって、可哀想とか、ツイてないって言われてしまいがちだけど、私はnewsのファンで居て不幸に感じたことは一度もない。だから、newsが過去を否定しないで歩き続けていく姿がとても頼もしいです!

話が逸れたな…。

とにかく、この曲が超好きってことです!!

 

U R not alone 

この曲もいいんだよね〜。

…すみません、詳しくはまた次回頑張って深読みします。

ちょっと思い入れが強すぎて。レビューよりは日記になっちゃうから…笑

 

この曲も一部分だけ。

例えばこの声が届くならば

誰でもいい 聞こえますか

僕は誓うよ 一切引かないし 一切負けない

自分で決めた道のうえ 全てをかけて 笑えるように やり抜くぞ

これもnewsらしいよね。どうしてもあの頃の姿が浮かんでウルっとくる…。

本当にこの人達に出会えて良かったなって思える歌。

そして、この曲はnewsにしか歌えない応援歌になってると思う。

他のグループやアーティストが歌うよりも、過去を乗り越えてきたnewsだから伝わるものがあると思う。

ああどうか 力を貸してくれないか

昨日までの僕よ 共に乗り越えてきたじゃないか

ここもう号泣。たとえ誰にも理解されなくても、必ず“自分”という存在がそばにいることを思い出させてくれる。たった1人の人は絶対に存在しない。

だからyou are not alone。

 

 

さてと。4曲しか触れてないみたいになってるけど、意外と色んな曲について書いたつもりです!笑

もっともっと深読みして、ツアーに備えたいと思います。

ここまで読んでくれてありがとうございます😊

 

バイバイ✨